城の中に入った野獣が言います。

お前をすぐに取って喰いやしない。

だが、私との約束を破ればその場でその喉元に喰いついてやる。

城の中も、外と同じように薄暗く、やはり野獣の顔は良く見えません。

サトシはじっと野獣を見つめます。

野獣の顔は見えませんが、その声は、言葉よりもずっと優しく聞こえます。

まず一つ、私の顔を見てはならぬ。

サトシはサッと視線を外します。

ずっと野獣の顔を見つめていましたから。

一つ、この城から出てはならぬ。庭は自由に行くがいい。

だが、門より外に出てはならぬ。

サトシは小さく頷きます。

最後は夜、12時を過ぎたら太陽が昇るまで、部屋から出てはならぬ。

わかったか?

サトシは大きくうなずきます。

わかったら部屋へ行け。お前の部屋はこの廊下の突き当りだ。

野獣は鋭い爪で廊下の先を指さします。

ま、まだ、12時にはなっていないはず。

サトシがおずおずと口を開くと、野獣が首を傾げます。

私に逆らうつもりか?

そうじゃなくて。

なんだ、腹が空いているのか?

野獣の声は、やはり優しく響きます。

サトシはにっこり笑うと、野獣の方へ歩み寄ります。

退いていくのは野獣の方。

野獣にとって、こんなことは初めてです。

私の顔を見てはならぬと言ったはずだ。

うん。聞いた。でも、こんなに暗かったら顔なんて見えないよ。

だから、今なら近づけるかなと思って。

サトシがまた一歩近づきます。

一歩退く野獣。

ち、近づいてどうする。

どうもしない。

一歩前に出るサトシ。

退く野獣。

どうもしないとはなんだ?私をからかっているのか!

野獣が吼えます。

違うよ。これから一緒に暮らすんでしょ?

だから、どんな人か知りたいだけ。

サトシがまた一歩前に出ます。

今度は野獣がその場でグッと耐えます。

知ってどうする?お前は私の待ち人が来るまでの気休めにすぎない。

待ち人?誰かを待ってるの?

ああ、そうだ。

その人が来るまで退屈しのぎにおいらを置いておくってこと?

そういうことだ。

サトシはまた一歩近づきます。

お前私が怖くはないのか?

怖い?どうして?

私は野獣だ。

そうだね。

大きな牙がある。

そうなの?見えないからわからないよ。

するどい爪もある。

それはさっき、ここに来る時にわかったよ。

体中が毛で覆われている。

毛深い人って結構いるよ?

顔も醜い。

醜い?だいじょうぶ。おいらには顔は見えないから。

でも、見えたって、平気だと思うけど。

野獣が戸惑いながら聞き返します。

どうして平気だと思う?

声が優しい。

声?

薔薇も綺麗に咲いてる。

それは関係ないだろ?

サトシはクスッと笑います。

花はね、愛情かけて育てないと綺麗な花を咲かせないんだよ。

水をやって、肥料をやって、大事に大事に慈しんて。

それができる人が醜いなんて思えない。

お前は!

野獣が声を上げます。

私の顔を見てないから。

じゃ、見せてよ。

サトシがズイッと近づきます。

驚いた野獣がサッと飛び退きます。

ダメだ!私の顔を見て、恐怖に怯えなかった奴はいない。

現に、お前の弟だって。

あ〜、ジュンはビビりだから。

それに、あなたのこと、よく知らなかったし。

知っていたら、さらに泣き喚くわ!

私は誰もが恐れ慄く野獣だ!

わかったら行け!

野獣はマントを翻し、部屋を出て行きます。

サトシはその後ろ姿を見送って、言われた通り、廊下の一番奥の部屋のドアを開けます。

開けたと同時に、12時の鐘が鳴り始めました。

広間の大きな時計が鳴り出すと、どこにあるのか、城の至るところで時計が鳴り始めます。

サトシはそっと部屋のドアを閉めます。

今日は、もう、部屋から出ることができません。

部屋の灯りを付けると、サトシは目を瞠りました。

綺麗に整えられた部屋。

趣味の良い調度品。

テーブルの上には果物まで置いてあります。

必要な物が、細かく整えられていて、優しい気遣いが感じられます。

サトシはリンゴを一つ手に取ります。

シャリッと一口齧り、窓から月を見上げます。

鬱蒼とした森の上で輝く月に、雲が一筋かかっています。

賑やかだった今までの生活とは違い、ここは静かで寂しい所のような気がします。

こんな所にずっと一人?

サトシはもう一口リンゴを齧り、ベッドに腰かけます。

遠くで、オオカミの遠吠えが聞こえました。

リンゴをテーブルに置き、ベッドに体を預けます。

家からここまで歩いて来たのです。

目を瞑ると、月明かりにチラッと見えた野獣の顔が思い起こされます。

そんなに怖そうじゃなかったけど。

寝具は柔らかく、清潔で、疲れた体から力が抜けて行きます。

あっという間にサトシの意識は遠のいていきました。